レジームからみた消費減税論
レジームからみた消費減税論
2016年1月以降の金融市場、経済の不安定化を受けて消費減税の議論が浮上している。これをどのように捉えるべきであろうか。ここでは田中秀臣・上武大学ビジネス情報学部教授のレジームという分析手法(田中(2013)、注1)を基に検討を行いたい。
要旨
「日本経済を全体としてとらえる視座」は、「この日本経済がどのような体制レジームで運営されているか」が最も重要である。現状は2013年夏に8%への消費増税が決定されて以降一貫してレジームが毀損して、引き締め的な財政政策(税率)と緩和的な金融政策とが対立して「チキン・ゲーム(=レジーム間競争)」が生じている状態にある。消費増税が実施されるかどうかは重要な個別論点ではあるものの、より肝要な全体的な論点は上記のレジーム毀損、「チキン・ゲーム」の状態が解消されるかどうか。消費増税が見送られる=レジームの毀損の回復ではない。日本経済が安定化に向かうかどうかは、上記のレジームの観点から今後財務省・政府の政策が増税・緊縮レジームから脱却できるのかを注意深くみていくべきであろう。
以下、1でこの分析の視座について述べた後、2で消費減税の意義の異なる直近の期間を3つに分けた上で、3で3つの期間における減税の意義を検討し、4でレジームからみた今後の見通しを述べ、最後に簡単なまとめを行う。
1. 分析の視座
田中教授の分析では「日本経済を全体としてとらえる視座」(同)は、「この日本経済がどのような体制レジームで運営されているか」(同)が最も重要とされている。これは2011年のノーベル経済学賞を受賞したトーマス・サージェント(注2)が唱え、経済史家のピーター・テミンが大恐慌に適用し(注3)、現在のリフレ派の中枢をなしている昭和恐慌研究会によって、日本の昭和恐慌(注4)にも適用されている枠組みである(そしてもちろん現在の日銀の異次元緩和の基礎の一部にもなっている)。
この枠組みを現在の日本経済に適用した田中(2013)によると、レジームは、
(A)税率を担う財務省、
(B)歳出を担う政府、
(C)金融政策を担う日銀
という3つの主体が、それぞれ拡張的なリフレ・レジーム(減税・財政拡大・金融緩和)をとるか、縮小的なデフレ・レジーム(増税・歳出削減・金融引締)をとるかで決定されるとされる。日本経済が過去20年以上に渡り、デフレに陥ったのは財務省が消費税率の引き上げを目指す緊縮財政と日銀が金融引き締め的な運営という「デフレ・レジーム」が継続していたためとされる。
2.レジームの期間の分類
最近のレジームにおける消費減税の意味は、田中教授は
「レジーム転換前(2012年夏終わりぐらいまで)、レジーム転換後、レジーム毀損後(8%消費税上げ決定&実施以後)は、同じ消費減税を言っててもわけて考えるべき」
としており、ここではこの分類に従ってこれまでの流れを3期間に分類して検討を進める。
期間1.2012年夏の終わり位までで三党合意により消費税の引き上げ決定まで
期間2.2012年秋から2013年前半までの金融政策のレジーム・チェンジが達成された時期
期間3.2013年夏以降の2014年4月の消費増税の決定に掛かる議論が活発化した時期以降
上記の3つの期間に基づいた上記1.の(A)〜(C)の3つの主体ごとのレジームの推移は以下の通りである(図1)。
3.3つの時期における消費減税の主張の意義
次にそれぞれの期間での減税の主張についてみていきたい。
期間2での消費減税の主張の意義は金融政策のリフレ・レジームの維持・強化であっとみられる。2012年11月の解散宣言、2013年1月の政府と日銀のアコード、2013年4月4日の日銀の異次元緩和によりレジーム・チェンジが達成された。金融政策のレジーム・チェンジが鮮明となり、歳出についても積極財政を掲げる第二の矢の方針により拡大的となった。税率についてこの時点では、三党合意の通りに消費増税が実施されるかは不透明であったため、金融政策のレジームチェンジによる経済の安定化の効果が大きく発揮された可能性が高いとみている。
期間3では2013年の夏場に2014年4月の消費増税を実施するのかどうかを巡る議論が活発化した。世論では増税か延期か1%ずつの引き上げかなどの議論がなされていた。田中教授、高橋洋一嘉悦大学教授や野口旭専修大学教授らのリフレ派は増税に反対していた。さらに田中教授は、既にこの時点から一歩踏み込んで明確に減税こそが必要と主張していた(注5)。三者とも明確に増税には反対していることが確認できる。
(注5)この点について多数の論説があるが、例えば言志(Vol.13、2013年8月13日号)には以下の主張がある。
「消費増税は成長を阻害しない」どころか、大きく阻害する。財務省が増税指向なのは、財政再建は建前で、本音は予算での「歳出権」の最大化を求めているからだ。そうした財務省がこの国を支配してしまうと、折角のアベノミクスが潰れてしまう。これが日本経済の正念場である。」
野口旭「安倍政権よ、ぶれずに「デフレ脱却」に邁進せよ!」
(安倍首相の2012年の自民党、引用者追加)「総裁就任後にも、インタビューなどにおいて、
「日本経済がデフレ脱却に向かっていないと判断した場合、8月に合意された消費税の引き上げ延期を検討する」と明確に述べていた。その言葉の通り、安倍政権が生み出した新しい日銀は今、「2年後のデフレ脱却」を目標に掲げ、懸命な政策努力を続けている。増税は少なくとも、その努力が実を結ぶまでは凍結されるべきである。アベノミクスの成否は、安倍首相がぶれることなく、自らが表明した通りの政策方針を貫けるか否かにかかっている。」
しかしながらこうした反対がありながら、残念ながら増税が決定されてしまった(これは皮肉にも期間2のレジームチェンジによる経済の安定化がかえって増税を後押ししてしまった部分があるかもしれない)。一方、税率については2012年8月時点で、2014年4月・2015年10月の二段階消費増税が決定されていたものの、民主党の金子洋一参議院議員などの働きかけにより実現した景気条項の存在もあって増税がそのまま実現するかはどうかは不透明であった(図1の期間2の税率が括弧付きの拡大としているのはこのため)。
その解決策として田中教授・高橋教授らは最善は消費税減税、次善の現実的な策として給付金政策を容認してきた。片岡・田中(2013、注6)は、2014年10月の消費増税決定直後(注7)に既に日銀法の改正により日銀の政策目標に「雇用安定」を追加し、物価の雇用の安定化へのコミットメントを明確化するなどのレジーム強化策を提言している。
(注7)(注6)の論文が収録されている田中編(2013)は2013年10月25日の発売であるが、田中教授は自身のブログの中で、「特に10月1日の 消費税増税決定をうけて数日で一気に書き下ろした片岡さんとの緊急提言など、 全体も今回の事態の前後にあわせて各論者が丁寧に修正を加えております。」としている(出所:田中教授のブログ「[経済]近刊!『日本経済は復活するか』」http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20131012%23p2)。
4.レジームからみた今後の見通し
日本経済を安定化させるためには、現状のチキン・ゲームを解消する必要がある。 2016年1月になると、金融市場と経済指標の不安定化が明確になりつつあった。この状況において、リフレ派からはいち早く消費減税を含む毀損したレジームの回復策が提言が繰り返されている。田中教授は従来の減税の必要性を再強調している。
⚪︎消費税関連
「米国市場はかなり盛り返したね。日本の経済の脆弱性は、もちろんチャイナショックの持続性もあるが、やはり消費が弱いこと。政府が財政政策の在り方を、消費増税どころか消費減税にでも転換するくらいしないとダメ。社会保障・税の一体化政策の破棄。それが望まれる。」
「 消費増税する際は給付金などと組み合わせないとダメ、という防御的な物言いはぼくも現実政治の前ではしてきたが、それはあくまで仕方がなく言ってるのであって消費減税がいまの消費の弱い経済には求められる。」
(出所:田中秀臣、 2016年2月9日、 https://twitter.com/hidetomitanaka/status/696876783103119361)
「日銀は、ECBとともに、量的緩和(QE)政策は依然としてメインの金融政策手段であり、その有効性を高めるためのマイナス金利政策という関係が成立するのではなかろうか。また、国債の「玉不足(日銀による買い入れ対象の国債の枯渇)」がより大胆な金融緩和の実現を妨げているのであれば、国債増発を伴う財政支出の拡大も検討する価値があるのではないかと思われる。特に、最近の「長期停滞」の議論においては、財政政策と金融政策が同時に緩和スタンスを強めることが最善策であるとの指摘がなされることもある。さらにいえば、安倍政権が「名目GDP600兆円目標」を本当に実現したいのであれば、マクロ経済政策を金融政策のみに依存させては、とうてい実現不可能な状況になってきたのではなかろうか。つまり、「日本経済復活のための経済政策」というボールは、日銀のマイナス金策導入によって、再び、政府の方に投げ返されたと考えていいだろう。」
(出所:安達誠司、2016年2月4日、日銀「マイナス金利」の効果を徹底検証~デフレ脱却に向けて、ボールは政府に投げ返された | 安達誠司「講座:ビジネスに役立つ世界経済」 | 現代ビジネス [講談社])
同様の指摘が田中教授、金子議員からもなされている。
(出所:田中秀臣、2016年2月10日、https://twitter.com/hidetomitanaka/status/697278458242535424)
「今の日本に必要な経済対策はなにか。まずは日銀による追加緩和。次に、三党合意を無視して削除された景気条項を復活させ、それにもとづいて消費税再増税をとめること。さらには家庭の消費不況対策を最優先し低所得者層への所得再分配をめざす、10兆円以上の国債の新規発行を伴う経済対策だ。」
(出所:金子洋一、 2016年2月14日、https://twitter.com/Y_Kaneko/status/698858842252136449)
高橋教授も消費増税の悪影響を改めて強調している。
(高橋教授の試算による5%から8%の増税により、筆者注)「失われた20兆円のGDPから試算される消えた税収は約5兆円。一方で、消費増税で増えた税収は約8兆円。「3兆円多いのだから、増税のほうがいいのでは」と思うかもしれない。しかし、冷静に考えると、増税によって税収を8兆円増やすのと引き換えに、一人当たり15万円のGDPを吹き飛ばしてしまったのだ。これが日本経済に与えたダメージは、計り知れない。」
冒頭の問題意識に戻って、消費減税の議論が毀損したリフレ・レジームの回復につながるであろうか。上記の田中(2013)の枠組みを参考に今後の見通しを(図2)、横軸で「2017年4月に予定されている8%から10%への消費増税が「予定通り実施される」場合、「撤回。消費税源が実施される」場合とに分け、縦軸で消費増税以外の緊縮策が「実施される」場合、「実施されない」場合とに分けて考える。
図2左上の(ー)の欄 まず予定通りに消費増税が実施される場合をみると、2017年4月までに経済の安定化に消費税以外の追加の緊縮策が必要となるほど経済が過熱する可能性は小さいとみられる。このため、この組み合わせは想定していない。
図2② 次に消費増税が実施されない場合でも、(A)財務省と(B)政府の緊縮財政・増税路線が変わらずに消費増税以外の緊縮策実施される場合には、緊縮財政が変形した形で継続し、毀損レジームと不安定化した経済も継続してしまうだろう。特に以下の安達誠司・経済調査部長の指摘にあるように、2013年、2014年に消費増税に賛成していた主体も消費増税の影響が予想以上であったことは認めざるを得ないとみられる。
「この消費悪化をなかったことにするのは結構難しいが、ゲームと思えば、なかなか楽しいかも。私は思いつきませんが。」
このため、一応消費税が予定通りに実施されない可能性は高まりつつあるとはみられる。しかし、田中教授は以下の懸念を表明されている。
5.まとめ:消費増税なし=緊縮財政の放棄かを慎重に見極める必要性
以上をまとめると、
・「日本経済を全体としてとらえる視座」は、「この日本経済がどのような体制レジームで運営されているか」が最も重要である。
・現状は2013年夏に8%への消費増税が決定されて以降一貫してレジームが毀損して、引き締め的な財政政策(税率)と緩和的な金融政策とが対立して 「チキン・ゲーム(=レジーム間競争)」が生じている状態にある。
・消費増税が実施されるかどうかは重要な個別論点ではあるものの、より肝要な全体的な論点は上記のレジーム毀損、「チキン・ゲーム」の状態が解消されるかどうか。消費増税が見送られる=レジームの毀損の回復ではない(図2②のケースがありうる)。
【訂正】
正)縮小的なデフレ・レジーム(増税・歳出削減・金融引締)
3.の中の記述
誤)2013年11月の解散宣言、2014年1月の政府と日銀のアコード、2014年4月4日の日銀の異次元緩和により
正)2012年11月の解散宣言、2013年1月の政府と日銀のアコード、2013年4月4日の日銀の異次元緩和により
(以上)